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コラム イギリスは面白い - Column

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レオフリック卿夫人のレディ・ゴディバ 国王、王妃のことについて書かせていただいているこのコラムであるが、今回は現国王、エリザベスII世についてとしたい。5月には、各国の元首を招いてのウィンザー城での晩餐会、6月には即位60周年を祝うダイヤモンドジュビリーを控えているからである。
 エリザベスII世が英国国王となったのは、1952年、25歳の時である。全世界どこを見渡しても、これほど気品に満ちた美しい女性はいないのではと思わせる程の、気高き女王の誕生であった。ところが、それからの30年間の英国は、元とはつけても「大英帝国」という言葉を使うことが、はばかられる程の衰退の一途を辿ったのであった。失業、インフレ、経済後退という三重苦の「英国病」に悩まされたのだ。
 そして2012年の今、英連邦の加盟国は54カ国、人口は20億人を超えている。世界において手本の国家、圧倒的な存在感を示す国として、復活しているのである。英国史の大家、ジャン・モリスは「英国の足腰の強さは多種多様性にある」と述べているが、このことをエリザベス女王は分かっていた。最も自身に影響を与える伴侶に外国人を選んだのである。

 夫君は、エディンバラ公—フィリップ・マウントバッテン卿であって、1947年に結婚した。エディンバラ公は、イギリスの貴族の出ではない。名門ヨーロッパ王室の出身でもない。いやそれどころか、富裕層の出身でもない。この世に生を受けた翌年に、クーデターが起きて国を追われることになった、ギリシャの元王室の一員にすぎないのである。一家はパリに移り住むが、母親が精神を病み、若干7歳であったエディンバラ公は、母親の実家を頼ってイギリスに移ったのだった。イギリス人の母方の実家は、それなりの家柄ではあったものの、若き女王の伴侶がギリシャ出身という、イギリス社会において異質な血を引いていたことは、反面、王室の強味にもなった。何故ならば、イギリスという国は、オランダ人を国王にしたり、ドイツ人を国王にしたりした時期に大いに発展してきた歴史をもっているからである。まさに、最も大英帝国の頂点の時代に君臨した、ヴィクトリア女王の夫君もドイツ人アルバート公であった。かねてより、多種多様性を取り入れることに王室自ら挑戦してきていたのである。

エリザベス女王

 毎日異文化を背景にもつ人間と接することによって、エリザベス女王は、伝統を重視して、一面からだけ物を見て判断することから逃れることができたのだ。ウィリアム王子によると、エリザベス女王は、とてつもなく真面目だそうである。女王が我が侭な様子を見せたのは、ほんの小さい頃に、お気に入りのテディベアを階段で放り投げた時だけだといわれている。そんな女王が、覇権国家からスルスルと滑り落ちていくイギリスにおいて中央の要として、バランスをもっていつもしっかりと存在していたことの結果が、"あこがれの国英国"として再び世界によみがえる大きな原動力となったことは、間違いないといえるのではないだろうか。
(by S.S)

↑写真は、ジュビリー・ツアーで エクセター大学を訪問される、エリザベス女王(2012年5月2日)

ダイヤモンドジュビリーコレクション

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