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コラム イギリスは面白い - Column

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唐突な書き出しになるが、読者の方の例えばトレンチコートのラベルをみていただきたい。「Made in England」となってはいないだろうか。あるいは上質のカシミアのセーターには、「Made in Scotland」と記されていないだろうか。これはすべて英国製を意味する。イングランドもスコットランドもイギリスの一地方にすぎないのに、である。その一地方が世界に通用しているのである。こんな国はそうあるものではない。大英帝国とよばれた時代があったからこそ、なのである。

こんな特別な国イギリスを少しでも多く知っていただくために、これから何回かに渡ってコラムを書かせていただくことにする。ロイヤルクラウンダービーのウェブサイトであるから、クラウンとロイヤルにこだわって(!!)国王や王妃の話を中心にすすめていきたい。

2000年前のイギリスには「王」はまだ存在しなかった。部族に分かれていただけだった。紀元前50年から500年くらい迄はローマ帝国の一部だったから当然独自の王はいない。ローマ帝国が滅びた後、ゲルマン系のアングロ人とサクソン人が入ってきた。
イングランドという地名の由来はアングロ人(The Angles)が住んだ場所(land)という意味である「Engla land」からきている。彼らは最初沈着冷静にグレートブリテン島の動静を見ていた。次第にその中の強い者が領土を広げ力をつけ、最終的には、イングランドは7名の権力者によって治められるようになった。そうなると彼らは互いに力をみせつけあうようになる。自分達を王—Kingとよぶようになった。
イギリスにおける王の誕生である。

そんな中、849年にウェセックス(Wessex)の王(その他6名とは、ノーサンブリア(Northumbria)、メルシア(Mercia)、東アングリア(East-Anglia)、エセックス(Essex)、サセックス(Sussex)、ケント(Kent)の王である)に男子が生まれた。 大変に内気で、病弱な子でパニック症候群に苦しんでいた。ところが、父王の跡を継ぐと頼りないと思われていたアルフレッド王は、見事な政治手腕を発揮し始めた。イングランドに秩序をもたらしたのである。
法による公平な統治を実現した。違う部族の者に対してだけではなく、バイキングに対しても法は適用された。そしてこの偉大な王は、「Alfred the Great」=「アルフレッド大王」と呼ばれるようになったのである。

アルフレッド大王は、強い国に必要なものは、良い法律とすぐれた戦闘プランであるという考えをもっていた。その実現のために力を注いだのが、学校の建設であった。少年、少女達に読み書きを教えようとしたのである。アルフレッド大王は「いくら良い法律を作ったって、すぐれた戦闘計画をたてたって、文字が読めなかったらどうやって活用できるんだい」と言っていたといわれている。
国を強くするためには、まず教育という発想を9世紀に国王が持っていたとは!
アルフレッド大王は図書館もつくっている。なるほど、イギリスが教育にこだわる伝統は、この時に始まったのである。(by S.S)

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